成績がよい学生の親には「大丈夫ですよ」と言い、
成績が悪い学生の親には「学習する習慣がないようですね」と示唆する。
やればできるのかもしれない、という猶予を残して伝える。
我が子は「やればできるのだ」と思わせてあげる。
学生中100人中95人はこれでいい。
残り5人の学生は厄介だ。
3人は人生をなめている。どうにかなると思っていて、努力なんてするつもりもない。親も大学をなめているので、一歩間違うと親子クレーマーとなって襲いかかってくる。
のこり2人は人生に行き詰っている。正確には、親に行く手を阻まれてどうしていいかわからなくなっている。もう素人の教員が口を出す範疇ではない。プロのカウンセラーのお仕事だ。
教員としては、いや、たんに俺個人の好みとして、弱者である学生の味方をしてやりたい。親という暴力から少しでも守ってやりたい。
親は、子供の意思を代弁し尊重し誇張し強弁し、真綿のような単分子繊維でクビというクビを締め付ける。手首足首を縛られ四肢の自由を奪われた学生は、かろうじて残る頸の自由を使い、荒く静かな息を漏らす。
学生がもっとも恐れることは、頸が絞まることではない。手首足首が解放されることだ。親の手がはなれていくことを恐れる。刃の先からしか愛情を届けてもらったことがなければ、血の対価に疑問はない。
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大学教員の日常・非日常:秋の風物詩 (via biccchi) (via yangoku)
すごいセンテンス。
2008-10-28
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